| 完走記集 |
| ■ 夢が現実となる瞬間(とき) −2001年2月4日 京都木津川マラソン− |
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4回目のフルマラソンとなる、2001年、京都木津川マラソン。 しかし、最近の練習で、サブスリーできそうな力が付いてきたように感じないこともないので(この辺がむずかしい・笑)、腕に貼る5km毎のスプリットタイムは、21分15秒ペース、そう、サブスリーのイーブンペースを記入する。 スタート前。 ◆ 10:35、スタート。 ところで、この大会には、3時間、4時間・・と、ペースメーカーが付くのだが、走り出してしばらくしても、3時間のペースメーカーが見あたらない。だいぶ先に行ってしまったのだろうか? 走りは、いい感じ。気持ちは抑えて抑えて。でも、思ったよりペースは速い。 5km 20'40"(21'15" -35") 6km過ぎ、前方に大集団が見えてきた。中に、背中に何か書いてある、黄色のベストを着たランナーが2名。 10km 20'34" 41'14"(42'30" -1'16") 12km過ぎ、ペースメーカーに追いつき、少しペースが落ちる。すごく楽。普段のスピード練習に比べたら、体感的にはJogのよう。このまま付いて行き、サブスリーを狙うことにする。 15km 21'03" 1:02'17"(1:03'45" -1'28") 24kmあたり?で、応援のマラソン仲間を発見。集団中程にいたので、こちらから声をかけると、このままペースメーカーに付いて行って、というよな内容の応援をいただく。もちろん、そのつもり。 20kmレースの参加メンバーともすれ違い始め、声を掛けながら走る。心配していたマメは、この時点でもできていない。もうマメの心配はなさそうだ。 25km 20'46" 1:43'47"(1:46'15" -2'28") 30km地点が近づいてきた。ここまで走れるのは、折り込み済み。さあ、ここから勝負。ここから頑張れなければ、一生サブスリーは無理、と自分に気合いを入れる。この区間、ペースメーカーが意識して落としたのか、初めて、21'15"を越える。 30km 21'28" 2:05'15"(2'07'30" -2'15") 30kmを過ぎて、脚に疲労が出始める。今まで楽に走れていたのが、意識して脚を出さないと付いていけない感じがする。 32km過ぎ、折り返して、エイドで水を取っている一瞬のすきに、急坂で集団から後れる。ついていこうとするが、追いつけない。精神的に打撃を受けるが、2分の貯金があるので、このまま粘れば大丈夫、と自分に言い聞かせ、脚を運ぶ。 この区間、体感的にはペースダウンしたと思っていたが、苦しいなりに、しっかりとペースをキープできていたようで、ここでの粘りが、今回のポイントの一つだと思う。 35km 21'07" 2:26'22"(2:28'45" -2'23") 35kmを越えたとたん、極端にペースダウン。周りには誰もいない単独走が続く。ペースランナーも、遙か彼方へ行ってしまい、もう見えない。 つらいつらいつらい。弱い自分が顔を出す。 あと6km、あと5km。 この区間、4'22"-4'31"-4'34"-4'26"-4'52" 大崩れ目前だが、自分にカツを入れながら、必死で粘る。 40km 22'48" 2:49'10"(2:50'00" -50") 残り2.195kmで、キロ5分として・・・。わからん!計算できん!とにかく必死で走る。 41km地点、2:53'56"。残り6分。いけるのか、無理なのか。計算ができない。 残り1kmの表示のところで、2時間54分台。あるランナーが、私を追い越しつつ、 学校のグランドに入るところで、仲間が声を掛けてくれる。でも、もう応える余裕はない。 グランドに入ったとき、計測用デジタル時計は、2時間58分台。20kmレースを走り終えたみんなが、声援を送ってくれる。グランド1周半って、どれだけ掛かるんやろ?間に合うのか?ついさっき、サブスリーを確信したのに、不安がよぎる。でも、大丈夫。最後の直線に入ったとき、時計はまだ、2時間59分台前半。 さあ、最後の花道。本当は、笑顔で、派手にガッツポーズでもしながらゴールしたかったけれど、もう何もできない。やっとの思いで、ゴールラインをまたぐ。 2時間59分36秒 ◆ 夢が現実となる瞬間(とき)、 |