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【レース前日まで】
「侍のような『殺るか殺られるかの真剣勝負の中で、たとえ片腕を切り落とされても向かっていこうとする気迫』がお前にはない!」
ある人に言われた言葉だ。
昨年11月の土山マラソンの前、あまりにも順調に練習をこなせ、2週間前のハーフでも結果が出ていた私には、正直、12月の防府マラソンのことしか頭になかった。
「土山では、軽く走ってサブスリーで資格ゲット、防府では50分切り」
土山で防府の資格を取ることがその時点の最重要事項だったにもかかわらず、気持ちはその先へ飛んでしまっていた。
マラソンは、それほど甘いものではないということが、その時の私にはわかっていなかっのだ。
そんな私の姿が、どこか浮ついていて、「たとえ片腕を切り落とされても向かっていこうとする気迫がない」と映っていたのだろう。
そういう気持ちが、調整の失敗へと繋がっていく。
土山4週間前の42kmのペース走のあと、長い距離をほとんど走っておらず、直前1週間は、仕事が忙しかったことや、家庭の事情もあって、ほとんど走らなかったが、それでも土山でのサブスリーは、まったく問題ないと思っていた。
でも、土山の失敗の後、ある人にいただいたアドバイスは、こうだった。
・あまり疲労を抜きすぎたり、走らない日を多く作ると、筋肉のスピードに対する耐性が落ちる
・直前2週間の程良い脚の張りの維持が出来なかったのでは?
・ランオフの日が多すぎ、30キロ以降の脚の粘りを作れなかったのでは?
・休み過ぎると、筋肉が疲労の中でも頑張ると言う事を忘れてしまう
前年の土山の前とは比べものにならないくらい練習を積み、実力もワンランクアップしたと思っていたにもかかわらず、そして、前年の土山よりレースでのペースを落として走ったにもかかわらず、同じ地点で脚に来たのは、やはり調整の失敗だと考えるべきか。
スタートラインに立つまでに、勝負は決まる!
ということを念頭に置き、今回、泉州に向けて考えたことは、大きく二つ。
一つは、気持ちを2月15日に向けて集中し、常に闘う気持ちを持つこと。
一つは、最後まで慎重に脚作りを行うこと。
幸か不幸か、練習やレースでは、たえず課題が出てきたので、安心(慢心と言った方がいいか?)することなく、常に危機感を持って取り組むことができた。
禁酒し、酒席もすべて断り、風邪の予防もし、いろいろな用事も2月15日以降でもいいことは、すべて後回しにして考えないようにした。
そうすることで、泉州に向けて気持ちを高めていった。
練習面では、4週間前の40kmペース走の後、3週間前には、土日の2日に渡り3時間LSDと30kmペース走、12日前に3時間LSD、8日前に20kmペース走と、脚作り、脚筋力の維持に重点を置いた練習を入れ、直前1週間は、スロージョグできっちり繋いだ。
こうして迎えた前日、しかし不安もあった。
直前1週間は、スロージョグでも疲労感があり、最後のポイント練習である木曜日の4分20秒ペースでの10km走も、気持ちよく走れず8kmでやめたこと。
もしかしたら、練習を詰め込みすぎて疲労が蓄積し、1週間のジョグでは、抜けきっていないのではないか?
夜、体が怠いので検温したところ37度の微熱があったこと。
風邪の前兆なのか、疲れが表面に出てきているのか、はたまた知恵熱(笑)か?
しかし、じたばたしても始まらない。
とにかく、やれることはやった。
後はスタートラインに立つだけだ。
午後9時半過ぎ、期待と不安を胸に眠りについた。
【当日朝〜レース前】
午前6時起床。
天気はいいが、風が強い。
それが当日朝の天候だった。
私が住んでいるところは、普段から風が強いので、風はここだけだったらいいのだけれどと思う。
朝食は、餅5つ入りの雑煮とおにぎり、食後にブラックコーヒー。
便通よし。
熱はなさそう。
7時半過ぎに自宅を出て、9時過ぎ、会場到着。
続々と仲間達が集まってきて、私も、おにぎりを食べたりしながら、しばし和やかなレース前のひとときを過ごす。
会場でも風は強く、地元の人の情報では、南に行けば行くほど向かい風が強いとのことで、不安が大きくなるが、考えても仕方がない。
(と言いながら、しきりに「風が、風が」と情けないことを言っていた私だが・苦笑)
10時前、アップを開始する。
アップといっても、散歩からはじめて、汗もかかないような超ゆっくりジョグで体の可動部分の動きをよくする程度で、あとはストレッチを念入りに。
集合場所から離れた場所で、精神統一しながら、ゆっくりゆっくり体を動かしてゆく。
ここから気持ちは、完全戦闘モード。
集合場所に戻り、荷物をまとめている間やスタート地点に向かう間、仲間から話しかけられても適当に生返事状態だったが、実は半分はポーズだったりするのはここだけの秘密だ。(笑)
とにかく、そんな風にして、レースに向けて自分の気持ちを高めながら、そして、2時間50数分後、ゴールラインをガッツポーズで超える自分の姿をイメージしながら、静かにスタートの時を待つ。
【レース】
11時スタート。
比較的前方に並んだため、大きな渋滞もなく、スムーズに走り出す。
ロスタイム6秒は、昨年より5秒少ない。
脚は重めだが動きはいい、特に問題はなさそうだ。
1km通過が4分15秒。
設定タイムが4分10秒なので、ロスを引くとほぼ設定どおり。
本当は、もう少しゆっくり目に通過すると思っていたが、いきなり設定ペースになったので、これ以上オーバーしないよう慎重に走る。
2km前後で、左後方に気配を感じ見ると、いつも長居で一緒に練習している女性ランナーのMさんがいた。
「あ、Mさん!」と声を掛けると、
「ほにゃさんに付いていきますから」とMさん。
「なんでや、逆やろぉ!(苦笑)」
Mさんは、先日の大阪国際女子で、2時間53分台のタイムで走った方で、昨年の泉州でも、20km手前当たりから35kmまで私と併走して走っていたが、35kmで置いていかれた苦い思い出がある。
レース直前の木曜日、長居での練習会でお会いしたので、「Mさん、引っ張ってや!」と冗談半分本気半分で言っていたが、引っ張るどころか私をペースメーカーにするつもりらしい。
まあいい、ペースが安定した女性ランナーと走るのは、悪くない。
4.5kmで折り返した辺りから、4分10秒ペースの大集団ができあがり、向かい風ということもあり、その集団で走ることにする。
5km 20'55
集団走は楽だ。
長居でのペース走のように、集団の中で淡々と走る。
記憶がないくらい、淡々と。
10km 41'48(20'53)
設定タイムより微妙に遅いが、無理に設定ペースに持って行くのはやめよう。
とにかく今回は、確実に3時間を切ることが一番の、そして唯一の目標だし、後半の橋越えに備え、脚も残しておかないといけない。
変な色気を出して潰れるのは、何度も何度も経験しているので、今回は慎重だ。
しかし、集団全体のペースが、どうもジリジリと落ちてきている感じだ。
みんなが風を警戒し、何となく守りに入っているような状態で、これは少しやばいなと感じる。
今はたしかにサブスリーペースの集団だが、集団のほとんどが男性ランナーで、一般的に、男性ランナーは前半型だと考えると、このペースをずっと維持出来るランナーが、この中に果たして何人いるのか?
集団で楽をするのは、作戦としてはいいと思うが、どこかのタイミングで、この集団に見切りを付けなければならない。
そして、そのタイミングは、もうすぐそこかも知れない。
集中しろ。感覚を研ぎ澄ませ。
15km 1:02'52(21'04)
この5kmは、設定の20'50を大幅にオーバーして通過。
そして、15km〜16kmの1kmが、4分15秒ほど掛かった。
これはまずい。
こんなところで、こんな奴らと死ぬわけにはいかない。
集団の中程に位置していた私は、道路の中央側に進路を取ると、一気に集団の前に飛び出す。
そして、オーバーペースにならない程度に、じわじわとペースアップ。
ついて来る奴は付いてこい、来なければ単独で行くまでだ。
ほどなく、集団が追いついてきて、私が望むペースになったのを確認し、後方に下がる。
やれやれ、しばらく休憩させてもらおう。
しかし、集団のペースはまた徐々に落ちていき、私も何となく脚に疲れを感じる。
今のペースアップがまずかったのか?
まだ半分も来ていないのに、大丈夫か?
不安が胸をよぎる。
20km 1:23'50(20'58)
20km地点の、1回目のスペシャルドリンクを無事ゲット。
今回用意したスペシャルドリンクは、カーボショッツ(ゼリー状の補給食、すぐにエネルギーに変わり、インシュリンショックを起こさない優れもの。まずいという意見もあるが、コーラ味はおいしいと思う)を水に溶いたもの。
これは、練習でもシミュレーションして、効果を確認してあるので、安心だ。
スペシャルドリンクを飲んで、少し気持ちが楽になる。
エネルギー補給という効果もあるが、心理的な効果も大きい。
ハーフ通過 1:28'26
何ともきわどい通過タイムだ。
これだけの貯金だと、後半の4回の橋越えで脚が動かなくなったら、あっという間になくなってしまう。
果たして、本当に走りきれるのか?
集団のランナー達にもそういう気持ちが働いたのか、全体的にペースアップ。
何キロあたりか忘れたが、沿道で少年達が「手パッチン」を求めて手を出している。
今回、レースに集中するために、沿道の応援を一切見ずに走ってきたし、「手パッチン」などして集中力が途切れたり、ペースが変わったりするのが嫌なので、無視を決め込もうと思ったとたん、前日、イメージトレーニングのために読んだ、あるランナーの完走記が頭に浮かぶ。
そこには、エリートレースの終盤で、とっさに少年達の「手パッチン」に応え、元気をもらったと書いてあった。
その瞬間、私も歩道側に寄り、子供達と手を合わせながら、「よっしゃ〜、行くぞ〜」と叫んでいた。
この区間、初めて設定タイムで通過する。
25km 1:44'40(20'50)
しかし、さすがに25kmを過ぎると、集団も徐々にばらけてくる。
少なくなった集団のペースも、少しずつ落ちてくる。
さてどうしたものか?
ずっと私の後方に位置していたMさんは、前の方に位置取りを変えてきた。
いよいよ勝負に出るのか?
そして、28km過ぎ、ペースが上がらない集団に見切りを付けるように、Mさんがスパート。
ずっと集団にいた女性ランナーIさんも、すぐに反応し付いてゆく。
私は・・・、前にいたふたりの男性ランナーに阻まれ、反応が遅れる。
見る見る離れてゆくMさんとIさん。
何とか前のランナーを抜いたが、差はかなり開いた。
くそっと思いながらも、頭を切り換える。
とにかく30km迄は抑えて抑えて。
こんなところで、感情で走っても仕方がない。
坂道では、絶対俺の方が強い。
ゴールまでに抜けばいい。
前方を行くMさんとIさんを見据えながら、まだまだ、まだまだと呟く。
30km 2:05'46(21'06)
30km過ぎ、「ここから!」と小さく叫び、自分を鼓舞する。
2つ目のスペシャルドリンクも、無事ゲット。
海が近くなってきて、向かい風が強くなった。
脚は・・・、大丈夫。
毎回、この辺りで脚がいっぱいいっぱいになっていたが、今年はまだ余裕がありそうだ。
前を行くランナーをどんどんパスしてゆく。
今年は違うぞ。
あと11km、10km。
いつものペース走と思えばいい。
33km過ぎ、ついに難関の橋に差し掛かる。
「リズム、リズム、リズム」と唱えながら、ピッチを狭め上ってゆく。
走れる、大丈夫や。
いつもの吉野へ抜ける峠道のことを考えていた。
あの坂に比べたら、緩やかだし距離も短い。
こんな坂、坂の内には入らない。
おもしろいように前を行くランナーを追い越しながら、MさんIさんを追う。
しかし、坂の頂点に達したとき、強烈な向かい風が襲ってくる。
この風は半端じゃない。
せっかく下りになったのに、ペースが上がらない。
この風に勝てるのか?
そこからは、絶え間なく吹き付ける強烈な向かい風との戦いとなる。
ペースは上がらないが、これを耐えて折り返したら追い風だ。
「折り返したら追い風、折り返したら追い風」
ぶつぶつ呟きながら、目は前方のMさんIさんを見据える。
二つ目の坂に差し掛かる。
この坂は、一つ目に比べたら傾斜も緩やかなので、ダメージも少ない。
Mさんは、いい感じで走っているが、Iさんは、この坂でいっぱいいっぱいになったようで、一気に遅れ出す。
坂を下りきったあとの直線で、Iさんをパス。
「一人目〜!」心の中で叫ぶ。
ここから36km過ぎまでは、平坦な直線道路だが、向かい風がペースアップを許さない。
「折り返したら追い風、折り返したら追い風」
気合いは充分だが、さすがにタイムは、大幅に落ちる。
35km 2:27'37(21'50)
最後のスペシャルテーブルで、私のゼッケンを確認したスタッフが、ボトルを前に押して取りやすくしようとしてくれたが、うまくタイミングが合わず、取り損ねてしまった。
くそっと、一瞬思ったが、残り7kmだし、もうスペシャルがなくても大丈夫なので、すぐに気持ちを切り替えたが、後方に、一気に近づいてくる足音が。
なんと、スタッフ(多分高校生だと思う)が、わざわざ走って渡しに来てくれたのだ。
すごくうれしかった。
「ありがと〜!」
一声掛けてボトルのキャップを外し、最後のエネルギー補給をすませる。
あと7km、やるぞ!
36km過ぎに折り返すと、一転して強烈な追い風に変わった。
と同時に、全身に力がみなぎってくるのを感じ、ペースもサブスリーペースに戻る。
いけるぞ!いけるぞ!
追い風に乗って、どんどん走れる。
フルマラソンの35kmを過ぎて、こんなに気持ちよく、力強く走れるとは。
もううれしくてうれしくて仕方がなかった。
残り5kmの地点で、タイム的にはまだまだ余裕とはいえなかったが、もうこれはサブスリー間違いないという気持ちで、ますます気合いが入る。
Mさんは、ずっと前に見えているけれど、差は縮まらず、でも何とか追いつきたいとその背中を追うが、追い風に乗ったMさんも調子よさそうだ。
多分、追いつけないだろう、と思う。
でも、そんなことはもうどうでもいい。
とにかく、サブスリー出来ればいい。
3つ目の橋もリズムで走りきり、40km地点。
残り10分掛かってもサブスリーだ。
40km 2:49'01(21'24)
最後の橋は、さすがに疲れてきつかったが、この橋を上りきると後は下ってゴールに向かうだけ。
もう少し、もう少し。
一歩一歩橋を上ってゆく。
この橋の向こうに待っているものは、今日のゴール、サブスリー、そして、防府への道。
そう、この橋は「明日に架ける橋」なのだ。
昔、サイモンとガーファンクルが唄い、グラミー賞を受賞した大ヒット曲「明日に架ける橋」。
原題を「Bridge Over Troubled Water」といい、歌詞の中の「like a bridge over troubled
water」=「激しい流れに架かるあの橋のように」が、さしずめ今回は、「like a bridge under troubled
wind」=「激しい風にさらされるあの橋のように」というところか。
もちろん、走りながらこんな事を考えていたわけではないが。
その最後の橋の頂点を過ぎ、私のうれしさは最高潮に達した。
これを下れば、後は、勝利への道を突き進むだけ。
あと少し、もう少し。
ラスト1kmを過ぎ、りんくうの遊園地の観覧車が近づいてくる。
そしてしばらく行くと、白い大きなゲートが姿をあわらす。(このゲートは、まだゴールではない)
そこをくぐると、両脇は応援の人だかりで、まさに花道だ。
沿道で、ずっと移動しながら応援してくれていた仲間と、その人が持つ真っ赤なFRUNの幟が目に飛び込んできた。
レース中は、何度もその存在に気付いてはたが、あえて反応することなく通り過ぎてきた。
でももうゴールだ。
ありがとう、やったよ、の気持ちを込めて、「よっしゃ〜」と叫び、ガッツポーズで前を通り過ぎる。
そして、光に包まれたゴールゲートに飛び込む。
2:58'12(9'10)
やったぞ!
今度こそ、本当のサブスリーだ!
【レース後】
スタッフの女性にタオルを掛けてもらい、満足感でいっぱいになる。
「やったぞ!やったぞ!やったぞ!」
心の中で叫んでいると、不意に涙が溢れ出す。
サブスリーは出来て当然と思っていたので、この涙は、自分でも意外だった。
でもなぁ、長かったしなぁ、やっぱりしんどかったよなぁ。
タオルを頭から被り、しばらく感情に身を任せる。
その後は、終始ニコニコ顔だったらしい。
Mさんと健闘をたたえあったあと(結局、私より26秒速くゴールされた)、家族や、ランナー仲間達から祝福されて、最高にうれしかった。
ありがとう、みんな。
本当にありがとう。
そして、その後思ったこと。
よおし、飲むぞぉ!(笑)
完
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