サブスリー完走記集
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ゴールは次へのスタートライン 2004年12月19日 防府読売マラソン完走記 by ほにゃらか
 

【レース前】
当初、防府の目標タイムを2時間50分切りと考えていた。しかし夏〜秋に掛けての重要な時期に、頭と心と体がうまく一致せず、距離は延びない、ポイント練習もあまりこなせないという日々が続いた。正直、それでも完走は出来るだろうという根拠のない自信みたいなものはあったが、レース4週間前の40キロペース走が半分の距離しかこなせなかったとき、はじめて危機感が芽生え、私のまわりでも、完走は危ういのではないかという空気が漂っていた。

とにかく完走したい。残りの日数でできることを考えた。
まず、毎日走ってしっかり走り切れる脚を作ること。キロ4分ペースを体に覚え込ませること。1周200mの周回コースで3時間LSDを行い、脚と精神を鍛えること。でも疲れはためないこと。
毎日走ることについては、朝ランを基本にしながらも、普段やっていなかった夜ランも始めた。仕事を終え帰宅し、家族で食事をして子供を寝かせてから走りに出たり、会議で帰宅が遅くなっても走りに出かけたりして、妻からは「何かに取り憑かれたみたい」と言われた。(苦笑)
キロ4分のペース走については、その時点の自分の実力を考え、走りたい距離より5km少なくすることにした。20km走りたいと思った時は15kmに、15kmと思ったときは10kmにという風に。これは、もし仮に20kmを走り切れてもダメージが大きく、自己満足で終わってしまう可能性があるし、走りきれなかったら自信をなくす。それなら、ダメージを少なくして、もう少し走りたいなという気持ちで終わった方が次に繋がるという判断だ。
1周200mの周回コースでの3時間LSD(150周=30km)については、過去にもやったことがあり、心身共に割と楽にこなせることが出来た。
そしてレース1週間前、ロングのペース走ができていない不安はあったが、ようやく完走に対する「静かな自信」みたいなものができてきた。

走る以外では、カーボローディングを取り入れてみた。まず、レースの週の月〜水まで3日間、昼食、夕食では、炭水化物を摂らない。ただ、あまり極端なことをするのも不安だったので、朝食はいつもどおり、トースト、目玉焼き、バナナを食べた。昼食は3日間とも定食のおかずだけ取り、ごはんは食べず。夕食は、月、火と鍋物にして、野菜をたっぷり食べた。この間、食後すぐはいいが、少し時間が経つと空腹感に悩まされたのには参った。水曜日の練習は、10kmのビルドアップのつもりで走り始めたが、空腹で体が動かず6kmで止めてしまう程だった。木曜からは、一転して高炭水化物食に切り替えた。昼食はうどんとごはん、夕食は、おでんやみそ汁に餅を入れてもらい、ごはんもたくさん食べた。

こうして迎えたレース前日。防府へ移動し、開会式に参加したが、これが思っていた以上によくて、普段参加している市民マラソンとはまったく違う空気に触れ、ワクワクしてしまった。
その後下見バスに乗り、コースの下見。1km毎の黄色のマークはしっかり見えていたので安心する。アップダウンもなく走りやすそうで、風さえなければ問題ないだろうと思う。夕方旅館に着き、軽く30分ほどジョグのあと、入浴、食事。19時半にはすべて終わってしまい、でも酒が飲めないのでやることがない。仕方がないのでそのまま寝ることにした。(笑)

レース当日は、5時過ぎに目覚める。食事の時間をレース4時間前の8時にしてもらっていたので、それまでのつなぎにどらやきとバナナを食べる。その後しばらくだらだらしていたが、やることがないので散歩に出かけ、その後朝食。旅館におばちゃんの団体客が泊まっていたのだが、そのおばちゃん達、旅館の女将さんの読み以上にごはんを食べてしまい、茶碗に軽く一杯分しか残っていない。正直、「ちょっとそれはないでぇ(苦笑)」と思ったが、餅を二つ付けてくれたし、自分で用意した食べ物があるので、まあ仕方がないと笑って許す。

競技場には、10時頃に到着。ここでたくさんのランナー仲間に会えて、しばし談笑。レース前の緊張感もなく、みんなで写真を撮ったりしながらリラックスムード。もっとピリピリした空気かと思っていたので意外だったが、すごく楽しくて気持ちが楽になった。
1時間前、アップ開始。いつもどおり軽く体を動かす程度にとどめ、レースの時間を待つ。

さて今回、折返し(22.1km)/1時間30分、25km/1時間42分、30km/2時間05分、 35km/2時間25分、フィニッシュ/3時間の関門をクリアし完走するためのペース設定を、キロ4分4秒(5キロ20分20秒)とした。これで行くと、折り返しが7.6秒前、25kmが20秒前とギリギリの通過になるが、いかに後半に力を残せるかを考え、無理な貯金はしないことにした。とにかく、25km関門までをがまんしてギリギリで通過し、残りをいかに粘れるかが完走へのポイントだ。今回タイムの目標は立てなかったが、うまく行けば2時間53分台は可能ではないかと、少しは考えていた。

【レース】
12時02分、スタート。大型市民大会のような大渋滞はないが、それでも500人近くが一斉にスタートするので、それなりに滞る。だが、オーバーペースを防ぐにはそれくらいがちょうどいい。
1km通過が4分08秒。いい感じだが、トラックでの渋滞を考えると少し速いかも知れない。2km通過が8分ちょっとなのでこの1kmは4分を切っている。これ以上ペースが上がらないよう意識して走る。練習ではそれなりにきつい4分ペースが、レースでは楽に走れるから不思議だ。

5km 20'08

結局、1〜5kmの4kmを平均4分ペースで走ってしまった。このままイケイケで行くとやばいので少し落とす。1km毎の道路のマークをチェックし、キロ4分05秒前後を保ちながら走る。調子はいい。

10km 40'27(20'19)

ほぼ設定ペースに落ち着く。逆に、ずるずると落としすぎないよう集中して走る。最初の5kmで12秒の貯金があるので、後はきっちり20分20秒で走ればいい。とにかくこのあたりでは淡々と走るよう心掛ける

15km 1:00'42(20'15)

「このペースでは、練習では15kmまでしか走ってないなぁ」などと考え少し不安になるが、相変わらずいい感じで走れているので、とにかく集中集中。

20km 1:20'59(20'17)
HALF 1:25'27

ハーフのタイムを見て「このまま最後までイーブンで走れても2時間50分は切られへんのかぁ。やっぱり50分切るってすごいなぁ」と思う。

さあ、いよいよ最初の関門が近づいてきた。まわりのランナーも関門を意識してか、少しペースアップしている感じで、自分のペースが掴みにくくなる。「おいおい、慌てなくても大丈夫やって」と心で思う。
1時間29分30秒、制限時間30秒前に関門を突破したが、これは予定どおり。すぐ次の関門が控えているので、こんなところでよろこんでいる場合じゃない。でもさすがに少し脚に来始めている。練習量が練習量だけに、これは当然か。

25km 1:41'18(20'19)

25km関門も42秒前に無事通過。これをクリアすると30km関門までは余裕があるが、30kmをギリギリに通過すると35kmが厳しい設定になっているので、まだまだ気が抜けない。しかし、ここから無理してペースを維持しようとして「もがく」と、終盤大きく落ち込む可能性があるので、緩やかにペースダウンしていくイメージで走る。キロ5秒落としても4分10秒ペースなので、これでいいんだと自分に言い聞かせる。
途中、ずっと先行していた知り合いランナーに追いつく。彼はかなり疲れてきているようでペースダウンしていた。思わず「ここからここから!粘って行こう!」と大きな声で励ます。これはもちろん、自分にも言っているのだ。その自分の声で気持ちが引き締まる。

30km 2:01'55(20'37)

30km関門も無事通過。レースはやっと半分、ここから本番だと気合いを入れる。しかし、ペースを維持するのが段々とむずかしくなってきて、ペースは、キロ4分7〜8秒から10秒を越えるようになってきた。この先最後まで走り切れるのか不安になるが、どの辺りからか、あるランナーと併走状態になり、ふたりで落ちてくるランナーを拾っていくという展開になった。多分そのランナーも私を意識していたと思うが、練習会で少し追い込んだペース走をしているような感じで、すごく集中して走れた。ペース自体は4分10秒を越えてはいたが、この区間が一番集中していて、まさにレースをしているという感じだった。

35km 2:22'56(21'01)

35km関門を通過し、あとは競技場に戻るだけとなった。自分では気を緩めたつもりはなかったが、やはりホッとしてしまったのか、36kmの給水で併走していたランナーから遅れてしまってから一気にペースが落ちた。さっきまでの集中力が嘘のように、とたんに弱気な考えが頭をよぎり始める。「残りをキロ6分で走ったとして・・・」こういう思考になるときはよくない。37km地点で「あと5km」と思ったのに、少し走ると「残り5km」の看板がありショックを受ける。マラソンは42.195kmなので、これは当たり前のことなのだけれど、38km地点の後の「残り4km」でも同様のショックを受ける。情けない。

40km 2:45'19(22'23)

それでも、何とか40kmを通過し少し持ち直すが、もう脚が残っておらず、ラスト1kmが踏ん張れない。とにかく一歩一歩競技場を目指す。ゲートをくぐり、トラックに入った。トラックを回りながら何を思っていたのか、今となっては思い出せない。とにかく、もういっぱいいっぱいだったと思う。そして、ラストスパートする力もなく、ゴールラインを超えた。

GOAL 2:55'33(10'14)

ふう、何とか完走できた。というのがゴール後最初の思い。ラストが尻すぼみなので、泉州でサブスリーをしたときのような感動はない。でも、係りの人に毛布を掛けてもらうと、不意に涙があふれてきて、それは嗚咽に変わった。自分でもよく分からない涙。完走のよろこびというものとは違う気がするし、悔し涙でもない。Webサイトで完走を公言しながらやって来たので、そのプレッシャーから解放された安堵感からくる涙もあるかも知れない。とにかく、いろんな感情が入り交じった涙だったのだと思う。その後、大阪から関西メンバーの応援に来てくれていた人に対面したとき、控え室に戻って、先にゴールした仲間の顔を見たときに、また涙があふれオイオイ泣いてしまった。今思うと恥ずかしい。
こうして、私の防府マラソンへの挑戦は終わった。

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さて、この完走記を書いているのは、レースから3週間以上経っている2005年1月10日です。今まで、うまくいったレースの完走記は、レース後すぐ、寝る間も惜しんで書いていましたが、今回はなかなか書く気になれませんでした。目標の防府完走も達成できたし、自己記録も更新できたのになぜか?ラストが納得いかないレースだったということもありますが、今回の完走後、明らかに自分の中で変化が起きているのを感じています。それは、次のレースでもっといいタイムを出したいという、今まで以上の強い思いが出てきたことです。この思いが、完走記を書くというある意味過去を振り返る行為より、次のレースに向けて練習するという行為に向かわせているのだと思います。
きっと、私にとって防府のゴールは、次のレース、次のステップへのスタートラインとして用意されていたものなのでしょう。そのスタートラインに立てるかどうか、試されていたのかも知れません。そういう意味では、今回の完走は自分自身にとって大きな価値のある完走だったと思います。

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